言友会とわたし

茨城言友会に初めて参加したのは、2013年(平成25年)10月20日「茨城 吃音者のつどい」であった。この時63歳。
あれから約6年、吃音について学び直し、考え直し、多くの仲間たちと出会う等、吃音について真正面から取り組むことができるようになったことは、私の人生最大の出来事であり、最大の喜びである。

吃音歴は幼稚園の頃からで、多くの仲間たちと同じような吃音にまつわる体験をしながら青春時代を送った。
「吃音は治るもの、治さなければいけない、治らないのは本人の努力が足らないからだ」という当時の風潮になすすべなく、学生生活を送った。ひどい難発の症状でとても就職できる状況ではなかった。

その後、意を決して、民間の矯正所に通った。「君の吃音は重い」と言われたが、発声訓練をして少しは話せるようになった。
子供のころから「ゆっくり話せ」と言われたが、具体的にどうすればよいかわからなかった。矯正所で発声訓練をしていくうちに少し感じがわかってきたが、日常生活でそのように話すことはできなかった。
就職活動をする自信は持てず、人のつてで就職、飲食店の経理の仕事に就いた。
その後知的障害者の施設の指導員として8年、その後精神保健福祉士として精神科医療・福祉の領域で約30年、難発の症状が改善したわけではなかったが、周囲の理解に助けられ何とかやってきた。
50代後半頃から、言葉が出にくくなり吃音が悪化したように感じた。
老年になって吃音が悪化して、周囲から相手にされなくなっている人の姿を見て、自分の晩年もあのようにはなるのではないかと不安になった。
又、吃音と向かい合わなければならないと思うと、気が重かったが情報を探し始めた。
この時、パソコンの吃音に関するサイトを開く勇気はなかった。今考えると、自分自身が吃音について偏見を持っていたためであったと思う。
新聞のタウンニュースで吃音の集いの案内を見て参加し、STによる吃音に関する最新の情報を聴き、まさに目からうろこが落ちた。自分と同じような体験をしている人がたくさんいることを確認できた。いろいろな話を聞くたびに、昔を思い出した。「そうだ。そうなんだよ。それでいいんだ。そういうことだったのか」
講演を聞いて、吃音について自分がこれまで思っていたことや考えていたこと、周囲からは相手にされなかった自分の考えが間違っていなかったことがわかり、安心できた。
親や親せき等から吃音についていろいろなことを言われた時、自分なりに反論したかったが、反論できなかった。しかし、私の考えが間違いでなかったことが確認できたことは、とても嬉しく思い、自己否定感が少し軽くなった。

そしてもう一度吃音と向かい合いたいと思った。紹介された本をインターネットで注文し、数日後に届いた。しかし、届いてからその本を開くまでには数週間の時間を要した。自分はまだ、50年以上前の「吃音は忌み嫌うもの」という考えにとりつかれたままであった。

言友会には翌月から参加し、本も少しずつ読み始めた。これなら再び吃音の問題に正面から向き合うことができると感じ、自分の吃音症状の改善を目指すとともに、今の子供たちには自分と同じような辛い経験はさせたくないと思った。子供たちの気持ちや考えに寄り添いながら話をじっくり聞いて、本人の話の内容についてわかったことを伝えながら対話を続けてほしいと思う。子供の安心感や自己肯定感を育てることは、吃音症状の改善にもつながると思う。

言友会の活動に参加して良かったこと

当事者同士だから吃音のことについて安心して話しができ、仲間と一緒に考えることができる。

人生を振り返った時、吃音が私の人生に影響を与えたことは間違いない。

自身の体験について、つまり自分の問題について自分で考えることができるようになった。

もし私が言友会に参加していなければ、吃音の問題について深く考えることができないまま人生を終わったのだろう。

吃音について、当事者としていろいろ考えることができ、それを共有できる仲間がいる事は大変心強い。当事者研究などと大げさなものではないにしろ、ひとりでは得られないたくさんの情報をもとに吃音の問題を考え、自分なりに納得できることは、自分の人生を充実したものにしてくれている。

(2019年11月6日 池内 秀夫)

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